いまに生きる妖怪

    ―新潟県民俗学会シンポジウムに参加して―  高橋郁丸

                             (新潟県民俗学会常任理事)

 

 

 妖怪、などというと、漫画や子どもの読み物の中に登場するものと思われがちです。ところが、新潟の民俗を訪ね歩き、土地土地の伝承を聞いてみると、実は妖怪たちが生き生きと存在していることに気づきます。

 妖怪は、得体の知れない怪しい存在の総称のようですが、はっきりした定義はありません。私が県内で最初に出会った妖怪は、新潟市の河童でした。また、十日町市では、河童を「スジンコ」と呼ぶのだそうです。これは明らかに「水神」の変化であり、民俗学でいう、神の零落したものが妖怪となるパターンのように思われます。また、大和町浦佐の裸押合い大祭に現れる化け猫伝承。これも明らかに猫の神の存在を思わせるものです。栃尾市には通称猫又神社と呼ばれる南部神社が存在します。このように、新潟県内には多くの妖怪が生息しています。県外の妖怪妖怪愛好家は、新潟県の妖怪は有名どころが多い、とうらやましがります。中でも、酒呑童子は白眉の存在です。酒呑童子は分水町の砂子塚に生まれ、国上寺で修行し、鬼となって全国を転々としました。その後、大江山に徒党を組んで集結、源頼光たちにより退治されました。鬼の頭領を輩出している、ということで、新潟県は全国の妖怪愛好家の憧れの地です。その他、茨木童子、弥三郎婆、雪女、山姥、火車猫、カマイタチ、雷獣、天狗、ムジナ、狐など、生態調査を行いたいほど、多くの妖怪がおります。

このたび、新潟県民俗学会では、学会呼称五十周年を記念し、シンポジウム「いまに生きる妖怪」を開催いたしました。シンポジウムでは、会長の駒形さとし氏が、境界や黄昏時に出現する妖怪について語り、新潟大学人文学部助教授の飯島康夫氏が、全国の妖怪研究の流れをお話しくださいました。私は県内外の妖怪による町おこしの事例を紹介させていただきました。有名なところでは、妖怪漫画家水木しげるさんの出身地、鳥取県境港市の「水木ロード」、酒呑童子の終焉の地となった京都府大江町の「世界鬼学会」。酒呑童子の絵本を出版したときに大江町に取材に行った縁もあって、私は鬼学会設立発起人の一人でした。大分県臼杵市には、「臼杵ミワリークラブ」という、駄洒落のような会があります。県内では、分水町の酒呑童子神社、栃尾市の茨木童子神社、その他、津川町の狐の嫁入り行列や、寺宝として点在している妖怪のミイラなどです。

 今なぜ妖怪か、と考えたときに前述の臼杵市の町おこしグループの活動内容を読んで、なるほど、と思いました。要約すると、「妖怪を生み出し、存在させた町並み・歴史景観を保存し、さらに豊かな自然・環境を保護する。そして、口承伝承系の妖怪を伝えるために世代を超えた交流を持ち、妖怪を感じるため、青少年の想像力育成を図る」というものです。

妖怪は、人々の不安の象徴であったのに、今では人気キャラクターのように愛され、地域の宝として大切にされる存在となったのです。妖怪がキャラクター化する現象を、飯島氏は、神秘な存在である妖怪が、人間のコントロール下におかれることであるから、存在としては末期的状態なのではないか、と推察なさいました。

 妖怪を感じるのは、自然現象や、人の心を感じることのできる豊かな想像力によるものと思われます。妖怪が町おこしの中だけの存在になってしまうと、その枠組みの中で本来の姿から離れ、存在感が保てなくなる恐れがあります。新潟県の豊かな風土と、優しい県民の心が育ててきた妖怪たち。新潟県民俗学会の会員として、今後もますます地道な採訪に精進し、多くの妖怪たちと出会いたいと思っております。

                                新潟日報2003.6.18朝刊掲載

 

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