おわら風の盆(富山県婦負郡八尾町)。 稲の収穫を控え、風害のないことを願う 風祭りの一つ
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風の三郎様
(新潟県南魚沼郡湯沢町) |
「ふかぬ堂」と呼ばれる 級長戸辺(しなとべ)神社 (富山県東砺波郡城端町) |
諏訪大社の薙鎌 | |
暑い夏も終わり、美しい花を咲かせていた草花にも実りの季節がやってきました。夏の間、青々として美しかった稲も、黄金色に色づき始めました。ところが、この大切な実りの時期に、台風という厄介者がやってきます。この害を避けるため、大体9月1日に風を避ける祭りが行われ、八朔(はっさく)祭りと呼ばれています。八朔というのは8月1日という意味で、現在は旧暦より1月ほど遅れるので9月1日に八朔の行事が行われるようになりました。 八朔は「たのみの節句」ともいわれており、「田の実(稲)」が実るように祈るということと、「頼むところの人」との結びつきを強めるということの2つの性格があるといわれています。石川県羽咋(はくい)郡富来町(とぎまち)八幡神社の八朔祭りは「くじり祭り」ともいわれ、御輿(みこし)が数十個のキリコと共に袖(そで)ヶ浦の住吉神社まで渡御します。 この祭りには、「タノミの祝儀」という贈与の風習があります。秋の収穫期を控えて、近親や手伝い関係で祝儀のやりとりが行われていたのだといいます。この「くじり祭り」の名の由来は、若い衆が神輿を渡御するときに「クジレクジレ」と言って女性の着物をまくるようなまねをしたことからといわれています。ちょっと奇異に感じますが、これも稲穂の成熟を促進させるための感染呪術(かまけわざ)の一種なのです。 また、9月1日はちょうど二百十日のころとなります。二百十日とは立春から数えて210日目に当たり、多くの場所で稲の出穂の時期になりますが、台風の襲来時期であるために、農家の厄日として警戒されます。八朔祭りにはこの二百十日の性格も集合されて、豊作祈願と風の神に風害がないよう祈るための祭りとなりました。 新潟県でも各地で風(かざ)祭りをして豊作を祈りました。かつては夜籠(こも)りをして風よけの祈とうをした所もありました。新潟で風の神様として祀(まつ)られていたのが風の三郎様という神様でした。 風の厄災を送るために町を挙げて踊り、全国的にも大変有名になったのが富山県八尾町の風の盆です。かつて八朔を盆の終わりと考え、「八朔盆」と呼んでいたときの名残りで「風の盆」という呼称になったと考えられます。富山県砺波地方や婦負(ねい)地方には、ふかぬ
堂と呼ばれる風神を祀る堂が幾つもあり、フェーン現象の起きやすいこの地域で風祭りが盛んなことを示しています。 富山県滑川(なめりかわ)市では台風のときに竹ざおの先に草刈り鎌(がま)を取りつけ、風が吹いてくる方向に刃先を向けておくと大風が避けて通るといわれていました。これは長野県の諏訪大社の薙(なぎ)鎌の信仰に基づくものといわれています。それで、風よけの祭りも諏訪の祭日に引かれ、石川県鹿西町(ろくせいまち)の鎌宮諏訪神社や七尾市日室の諏訪神社の鎌祭りは8月27日に行われます。 鹿西町の鎌宮諏訪神社では長さ1尺余の鎌2挺(ちょう)に、新稲穂と白木綿を供えた後に鎌を神木に打ちつける、鎌舞と呼ばれる神事が行われます。日室では諏訪神社の神木のタブノキに魚の鱗(うろこ)を彫った雄鎌と雌鎌を打ち込み、風鎮と豊作・豊漁を祈ります。 八朔の祭りは、寒いころから暑い夏まで、手塩にかけて育ててきた稲の実りに対し、あとは「祈るしかない」という心境で行われるのでしょうか。農作業だけでなく、多くの人のいろいろな辛苦が、稲穂のようにみんな豊かな実りとなればいいですね。 |
新潟県民俗学会常任理事 高橋郁子 | |