歳時記は語る
●文  月●
歳時記タイトル
 軒先には色とりどりの短冊の結ばれた青竹が立て掛けられ、夜空には天の川がキラキラ輝く。七夕のころには灯籠(ろう)行事も見られるが、いずれも最後は川に流される。盛夏のロマンチックな習慣には、お盆を前にした穢(けが)れ祓(はら)いの意図が見え隠れする。
飾り

福光ねつおくり七夕祭りでの民謡街流し
福光ねつおくり七夕祭りでの民謡街流し
織姫コンテスト(富山県福光町)
織姫コンテスト(富山県福光町)
宇出津あばれ祭り(石川県能都町)
宇出津あばれ祭り(石川県能都町)
ねぶた流し(富山県滑川市)
ねぶた流し(富山県滑川市)
 春に頭を出し始めた竹の子が6月の梅雨でぐんぐん伸びて、サヤサヤと葉ずれの音を聞かせるようになりました。七夕では、この若々しい笹竹に願い事を書いた短冊をつるし、織姫と彦星に願いをかなえてくれるようにお祈りします。飾り付けられた笹竹は、七夕が終わると川に流されます。七夕の行事には、どのような意味があるのでしょう。
 七夕は中国から伝わった乞巧奠(きっこうでん)という行事が基になっているといわれています。乞巧奠とは、七夕の夜にだけ会うことが許されている恋人同士の星の伝説にあやかり、女性の願いであった裁縫の上達を祈る祭りです。恋人同士の星とは、農事を知る基準になった彦星(わし座アルタイル)と養蚕や糸・針の仕事を司ると考えられていた織姫(こと座ベガ)のことで、後には悲恋の男女のために橋となるカササギ(白鳥座)の話も生まれました。最近では裁縫のことは忘れられ、恋の成就をお祈りする人が多いようですね。
 けれども、笹竹に飾り付けをするというのは日本独特の行事です。笹竹は日本の祭礼では祓い清めのための重要な道具で、飾り付けをして川に流すというのは、穢れを一緒に流してしまうという意味がありました。日本には古来から「棚機女(たなばたつめ)」の行事があったといわれています。棚機女とは水辺の機屋に籠(こ)もって神を迎えて祭り、神を送る際には穢れを持ち去ってもらうという、巫女(みこ)のような女性であったといわれています。新潟県には巻機山(まきはたやま)の女神や糸魚川の奴奈川姫(ぬかかわひめ)など、水辺で機を織る女神の伝説が残っています。
 もう一つ、七夕行事として忘れてはならないのが東日本の日本海側独特の火祭りです。暑さで弱った体を回復させるため、「ねぶた」という睡魔を流すのだといわれています。また、灯籠の飾り付けは豊作祈願とも考えられています。これらは最終的には川へ流すのが古い形のようで、秋田県の竿燈(かんとう)祭りや新潟県弥彦神社の燈籠(とうろう)祭り、石川県のキリコ祭り、富山県のねぶた流しなども七夕の祓い清めの性格を持つと考えられています。一説によると七夕は盆の前の禊(みそ)ぎの行事ともいわれ、現在では盆の8月に行う所もあります。
 富山県砺波郡福光町には「ねつおくり七夕祭り」があります。北陸特有のフェーン現象で、稲に被害が出ないように暑さを送ってしまおうという行事のようです。熱送り太鼓やジジ・ババの藁(わら)人形などの古風な行事のほか、ミスねつおくり織姫コンテスト、彦星・織姫祝賀パレードと、新しいタイプの行事も行われています。
 七夕の日が7月7日になったのは、中国で奇数の重なる数字が好まれたという理由のようですが、この季節の夜空は織姫、彦星、そして白鳥座のデネブからなる夏の大三角形が美しく夜空を飾っており、星の恋物語が生まれるのもうなずかれます。華やいだ祭りの後で、「この願いは聞いてあげましょうよ」なんて話しながら、織姫さんと彦星さんは二人だけのデートを楽しんでいるのかもしれませんね。
文・新潟県民俗学会常任理事 高橋郁子