歳時記は語る
●水 無 月●
歳時記タイトル
 異動やクラス替えの新鮮さも消え、生活も単調になりがちな6月。湿気が多く、食べ物も傷みやすい時期でもある。暑い夏を迎える古くからの行事には、災厄を避け、心新たに年の後半を迎える願いが込められている。

夏服での授業
夏服での授業(東京学館新潟高校)
 新しい月のカレンダーをめくるときに、「今月の祝日は…?」「連休どうしようかな…」と考えるのは楽しいですよね。今月は唯一お休みがありません(8月もありませんが、盆休みがありますね)。6月は1年の中で特徴のない月なのでしょうか?
 東日本では、6月1日を「剥(む)け節供」と呼んでいました。新潟県では「キンヌギツイタチ」といい、この日は蛇が桑の木の下で衣(きん)を脱ぐので桑の木の下へ行ってはいけないといいました。また、この日は人も同様にキンが脱げると考えていた所もありました。桑の木の下や、夕顔棚(たな)の下に行くと人がキンを脱ぐところが見えるともいわれていました。人が蛇のように脱皮をするなど、荒唐無稽(むけい)な話ですが、人が桑の木の下に行くとキンがうまく脱げないとか、人がキンを脱ぐのを見ると死ぬとか、キンヌギツイタチにまつわる言い伝えは滑稽(こっけい)な中にも強い禁忌を感じます。
弥彦神社大祓詞
弥彦神社輪くぐり
茅の輪くぐりでは大祓詞(おおはらいし)を奏上した後、神官を先頭に茅(かや)でできた輪をくぐり抜ける(新潟県弥彦村の弥彦神社)
 キンヌギツイタチには、キンが障りなく脱げるようにキンヌギダンゴを食べて家でおとなしく休んでいるものだといわれています。富山市では6月1日に朔日饅頭(ついたちまんじゅう)という酒まんじゅうが売り出されます。富山藩の藩主が好んだこのまんじゅうを日技神社(富山市)の山王祭りの行われる6月1日に食べると、1年間健康に暮らすことができると言い伝えられています。この朔日まんじゅうもキンヌギダンゴの流れをくむものかもしれません。
 6月は夏越(なご)しの月ともいわれています。夏越しとは、6月晦日(みそか)に神社で茅(ち)の輪(わ)をくぐって参拝をしたり、紙の人形に名を書き、体をなでて神社に納めると罪や穢(けが)れが祓(はら)われるという行事です。茅の輪をくぐるときに「水無月の夏越しの祓いする人は千歳(ちとせ)の命のぶというなり」と唱える所もあります。6月晦日は一年の後半への折り返しの日です。田植えや種まきなどの前半の農作業を終え、秋の収穫期に向かってがんばらねばなりません。そのために人間も前半の体の疲れや、降りかかった災いなどを脱ぎ捨てる脱皮が必要なのです。この大切な夏越しの祓いのために、水垢離(水ごり)を取ることもあったのでしょう。神聖な禊(みそぎ)の場所へはみだりに近づくことが禁じられ、水神の信仰にも結びつきました。新潟県北蒲原地方では6月1日に河童(水神)が天竺(てんじく)から降り、8月末に天に昇るという伝承がありました。新潟県栃尾市ではその水神に水難除けを願い、6月1日にツツコに餅(もち)を入れて川に流しました。これをカワップタリといいました。
 6月1日には鬼朔日(おにのついたち)という別名があります。正月の餅を再び神に供えて歯固めと称して食べるのです。歯固めも正月の行事で、再生を意味するものですが、半年近くたち、餅は大変固くなっています。そのため、この餅を石川県では鬼の牙(きば)といい、新潟県では鬼の角などと呼んでいました。
 現在、6月1日は夏服に着替える衣替えの日となりました。学生が一斉に明るい夏服になり、夏が来るのだなあ、と実感します。1年の前半にいいことがあった人も、なかった人も、衣脱ぎ朔日に古い皮を脱ぎ捨て、後半期を充実させてよい1年にいたしましょう。
朔日饅頭
「朔日饅頭」と呼ばれる富山の酒まんじゅう(富山市・竹林堂本舗)
しおり
まんじゅうのしおりに描かれた日枝神社